私の子育てを褒めてくれる人

3月。短大の恩師に電話をしました。
約15年ぶり?でした。先生は80代になっていらっしゃいましたが、元気で変わらない声でした。

私が短大の保育科で出会った先生です。
私が出会った頃、先生は障がいを持つ子どもたちの教育者としての現場の仕事を退職し、近隣の短大などで講師をされていました。
先生の経験を交えた講義内容は、今でも私の心に残っています。
講義で繰り返し教えていただいたのは「叱らない保育」です。
教育熱心な親に叱られて育った私は、「叱らない保」育という先生の講義に夢中になり、講義のある日は必ず先生の控室を尋ねて質問をしていました。
「卒業しても先生に聞きたい事があるかもしれないから」と言って、先生と連絡先を交換し、年賀状のやり取りをさせていただくようになりました。
なんだか先生の熱狂的なファンみたいですね。(笑)

結婚して長女が生まれても年賀状のやり取りは続いていました。
そして、長女が小学生になり、ADHDではないかと疑いを持ち、私が育児ノイローゼに陥った時に電話をしました。
先生は私の話を聞き、児童相談所に相談することを勧めてくださいました。

www.tottorotta.com

 

その後も、先生には年賀状やXmasカードで近況報告をしていました。

いつも「会いたいね」と書いてくださる先生に会いに行くつもりでしたが
コロナでなかなかお会いできないので電話をしたのです。

先生は「たくさんの親を見てきたけど、あなたほど一生懸命に子どもを育てている親はなかなかいないよ」と言って下さいました。

長女が診断された時のIQの数値を話すと
「よく大学に入ったね。よく育てたね」
「そこまで学力を上げるにはお金も相当かかったやろう」
「娘二人とも発達障がいで普通学級……苦労は絶えんかったやろう。よく育てなぁ」

と言って下さいました。

 

子育てを批判されることはありましたが、私の子育てをこんなにも褒めてくれるのは先生だけかもしれません。

長女の子育てに追い詰められていた頃、毎日怒鳴りながらも、心の中にはいつも先生が教えて下さった「叱らない保育」がありました。

怒鳴っている自分に、もう一人の自分が訴えていました。
「叱らない保育を目指していたんでしょ」って。
もう一人の自分が止めてくれていたから、私も長女も、今「生きている」んだと思います。

イラスト提供:ふわふわ。り


教え子たちには「叱らない保育」ができたのに、どうして自分の子どもにはできなかったのか。後悔ばかりしていた私にとって、頂く年賀状に書いてある「私を褒める言葉」と、「自分らしく生きている娘たちに会いたい」という先生の言葉がどれだけ救いになったかわかりません。

コロナがもう少し落ち着いたら、先生に会いたいです。
そして、80歳を超えた今でも、保育園や幼稚園から「困っている子たちの相談」がひっきりなしという先生の「叱らない保育」の話を聞きたいです。


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